大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京地方裁判所 平成5年(ワ)6422号 判決

原告

市原みどり

被告

野本和裕

ほか一名

主文

一  被告は、原告に対し、六五万六五二四円及びこれに対する平成元年一〇月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用はこれを九分し、その一を被告の、その余を原告の負担とする。

四  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一原告の請求

被告らは、原告に対し、連帯して、五七五万〇七三一円及びこれに対する平成元年一〇月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二事案の概要

一  争いのない事実等

1  事故の発生

(一) 日時 平成元年一〇月一五日午後七時五〇分ころ

(二) 場所 東京都杉並区下井草三丁目一番二号先交差点(以下「本件交差点」という。)手前の路上(以下「本件現場」という。)

(三) 加害車 普通乗用車

運転者 被告中村一孝(以下「被告中村」という。)

保有者 被告野本和裕

(四) 被害車 普通乗用車 運転者 原告

(五) 事故態様 原告が被害車を運転して、本件交差点手前の本件現場において、本件交差点内の赤信号に従い停車していたところ、後方から進行してきた加害車が被害車に追突した(以下「本件事故」という。)。

2  原告の入通院状況と各診断傷病名

(一) 三成会前田病院(以下「前田病院」という。)

傷病名 頸椎捻挫、左肩関節挫傷

通院日 平成元年一〇月一五日、一六日、一七日、二一日、二三日、二四日、二八日(実通院日数七日。乙二の6、17、三)

(二) 東京女子医大病院

傷病名 頸椎捻挫、頸部痛、筋拘縮、左股関節痛

通院日 平成元年一〇月三〇日、一一月六日、九日、一一日、一四日、平成二年二月一三日、平成三年三月一二日、六月一〇日、一四日(実通院日数九日。甲九、乙七、弁論の全趣旨)

(三) 井上外科

傷病名 頸椎捻挫、左股関節痛

入院期間 平成元年一一月一五日から平成二年一月二二日まで(六九日間)

通院日 平成二年一月二四日、二六日、二月二日、五日、一〇日、三月一〇日、二九日、四月七日、一六日、五月一日(実通院日数一〇日。甲六の1、2、乙二の7、六、弁論の全趣旨)

(四) 喜多村脳神経クリニツク(以下「喜多村クリニツク」という。)

傷病名 頭・頸部外傷後遺症

通院実日数 平成二年二月一三日、平成四年一月二二日、同年二月一〇日、一五日、三月一一日、四月四日(通院実日数六日。甲一〇の1ないし5、乙四、弁論の全趣旨)

3  損害の填補

被告代理人は、井上外科の治療費一六五万八九八〇円について同病院事務長石田薫と協議の上、同治療費を一〇五万六五四〇円とすることに合意し、同金額を井上外科に対して支払つた(乙八の1ないし5、九)。

また、被告は、原告に対して、損害の一部として五万円を支払つた。

二  争点

1  原告の主張

原告は、本件事故により、左肩関節挫傷、頸椎捻挫、左股関節痛の傷害を受けたために、前記のとおり、入通院を余儀なくされた。

2  被告の主張

(一) 原告の受傷の程度又は原因について

(1) 左肩関節挫傷

原告の傷害のうち、左肩関節挫傷は、平成元年一〇月二八日までには治癒している。

(2) 頸椎捻挫

原告の傷害のうち、頸椎捻挫は、平成元年一一月二八日ころまでには治癒するはずであり、同日ころまでの加療が本件事故と相当因果関係のある治療というべきである。

(3) 左股関節痛

原告の傷害のうち、左股関節痛は、リウマチ性のものであるから、本件事故との間には相当因果関係がない。

(二) 入院の必要性がないこと

井上外科への入院は、原告が希望したことによるものであり、入院する必要性は認められない。

(三) 原告の心因性要因

原告は神経質な特異な性格による過剰な反応を示しており、原告に対する治療の全てが本件事故と相当因果関係があるとは認められない。

第三争点に対する判断

一  原告の傷害及び治療と本件事故との因果関係

1  原告の受傷に至る状況

甲三、乙二の2ないし5、18、原告本人によれば、本件事故によつて加害車には前部バンパー凹損、被害車には後部バンパー凹損の各損傷が発生したが、その程度はいずれも撮影された写真上は著しい変形を伴う程度のものではなかつたこと、被告中村は本件現場手前で被害車を認めて加害車の速度を時速約二〇キロメートルに減速していることが認められるが、他方、原告は、追突された際には真つ直ぐ前を向いていた姿勢であつたが、驚いて後方を振り返つた際にさらに追突の衝撃を受けたこと(原告本人尋問の結果によれば、その衝撃の間隔が一定程度空いていたように窺え、二度にわたる追突の事実自体に疑問がないわけではないが、原告は、本件事故について終始二度の追突の衝撃を受けた旨供述していること、被告中村は本件事故直前に助手席側にあるはがきを探して運転態勢が整つていなかつたと認められ、被告中村は本件事故の衝突の直後速やかに制動措置をとつて加害車の進行を止めることができず、追突後もなお加害車の進行の勢いは止まらなかつたと推認されることから、前記のとおり認める。)からすると、本件事故の衝突の衝撃自体は強度のものではなかつたものの、再度の衝突時における原告の姿勢からすると、原告の身体に及ぼした物理的な影響の程度は必ずしも軽度ではなかつたと認めることができる。

2  本件事故後における原告の身体状況等

前記争いのない事実等、甲二、九、乙二の6、7、12、乙三ないし七、証人井上和彦(以下「井上医師」という。)、原告本人によれば、以下の事実が認められる。

(一) 原告は、本件事故直後、前田病院において診察を受けた。原告は、吐き気、頸部痛、左肩痛、頭痛、項部痛等を訴え、同病院水島医師は、頸部及び左肩のレントゲン写真を撮る一方、鎮痛剤等の投与等の措置をとつた。原告の状態については、レントゲン写真上異常は認められず、ホフマン反射、知覚テストも異常なく、対光反射も速やかである旨診断されている。原告は、一〇月二四日に大腿部の痛みを訴えたが、同部のレントゲン写真の撮影は行われていない。原告は、その後通院を重ねたものの前田病院での治療が不十分と考え、自己の判断により、一〇月三〇日に東京女子医大病院に転院した。前記水島医師は、右転院時における原告の症状について、頸椎捻挫は未だ加療を要する状態であるものの、左肩関節の運動障害はその程度が軽度であり、前田病院での治療によりかなり動くまでに回復したと判断している。なお、前記水島医師は、診察開始当初の段階で、原告がかなり神経質であると診ている。

(二) 東京女子医大病院での診療状況

原告は、平成元年一〇月三〇日、東京女子医大病院で診察を受け、頸部痛、頭部痛、左股関節痛を訴えた。同病院井上医師は、初診時の段階で、原告の症状が強いと判断してポリネツク装着を行つた。さらに同医師は、肩、頭部、股関節の各レントゲン写真を撮つたが、いずれの部位にも異常を発見することはできなかつた。しかし、原告は、左股関節について、外旋の最後のところでの強い痛みを、頸部のそれとともに訴えていた。その後、原告は一一月一四日まで治療を受けていたが、頭部痛、頸部痛、左股関節痛の各痛みが改善しなかつたので、前記井上医師に対して入院を希望する旨述べたところ、同医師は、初診時からの入院希望ではなく、治療を施してもなお軽快しない状況であるので、入院治療が相当であると判断して、井上外科への入院手続をとつた。

(三) 井上外科での診療状況

前記井上医師は、井上外科において、左股関節痛の原因を究明するために、再度同部のレントゲン写真を撮つたところ、坐骨結節先端部分に一センチメートル程度の裂離というべき亀裂があるのを発見した。同医師は、右亀裂が同部の痛みの原因であり、同亀裂が外因的要因により筋肉の牽引力によつて引つ張られたために骨が剥がれたことに起因したものであると考え、加齢的要因による可能性は極めて低いと判断した。また、同医師は、慢性関節リウマチが手から先の関節が腫れてそこに関節が明らかに腫れているという症状がない限りリウマチと診断されないのであるから、原告の痛みが股関節のみであることに照らすと、原告は慢性関節リウマチを患つているわけではないし、それが左股関節痛の原因となつているわけではないと判断している。

原告は入院により頸部痛を含む症状が軽快していつた。原告は、平成二年一月二二日に井上外科を退院したが、それは原告の症状が完治したことによるものではなく、井上医師が、原告の症状の内容、程度に対する入院期間の相当性も考えて、退院して様子を観察することにして、原告に退院を指示したものである。

なお、前記井上医師は、原告の症状が強かつたことが、原告の心因的要因によるものであるとは考えていない。

(四) 井上外科退院後の診療状況

原告は、平成二年二月一日に仕事に出たが、頭部痛、頸部痛、左大腿部の痺れ等のため、前記のとおり、二月一三日に東京女子医大病院、一月二四日から五月一日までに井上外科(通院実日数一〇日)に各通院した。

井上外科退院後の原告の症状については、前記井上医師が原告に対して頸部の関節可動域訓練をするように指示する等少しずつ快方に向かつている状況であつた。なお、原告は、井上医師に脳波検査を希望したため、同医師から紹介を受けた喜多村クリニツクにおいてCT、頭部レントゲン写真、脳波による検査を受けたが、異常は認められなかつた。

その後、原告は、平成四年一月二二日、喜多村クリニツクに、頭痛、肩こり、首の重い感じ、胃痛等で通院を開始し、前記のとおり、四月四日まで六日通院している。

3  以上の事実を総合すると、原告が診断された左肩関節挫傷、頸椎捻挫、左股関節痛は、いずれも本件事故に起因していると推認することができ、井上外科への入院を含む、本件事故発生時から平成二年五月一日までに原告が受診した治療ないし検査はいずれも本件事故と相当因果関係を認めるのが相当であり、原告固有の心因的要因によつて治療が不相当に長期化したため、本件事故とは相当因果関係の認められない不必要、不相当な治療がなされたことを認めるに足りる証拠はない。なお、被告は、原告が自ら脳波検査を希望している点をも挙げて、原告の心因的要因による影響を指摘するが、頭部痛等が長期にわたつて継続していることからすると、その原因や影響等について、原告が心配して医師に検査等を要請することは患者の心境として理解し得ないわけではなく、右希望の事実をもつて直ちに治療ないし検査が不必要であると判断することはできない。

他方、平成三年三月一二日以降の東京女子医大病院及び平成四年一月二二日以降の喜多村クリニツクにおける治療については、頭痛、肩こり等、従前と似たような症状を訴えているものの、本件事故とは明らかに因果関係の認められない胃痛ないし胃障害も診断されていること、井上外科での最終治療日(平成二年五月一日)から東京女子医大病院で再度診察を受けるまでに一〇か月以上もの期間が経過しており、この間、原告は、前記のような頭痛等の症状により病院での診察、治療を受けた形跡が認められず、カラーを外した上継続して仕事を含む通常の社会生活を営んでいたと推認されること、原告は東京女子医大病院に最後に通院した平成三年六月一四日から喜多村クリニツクで診察を受けた平成四年一月二二日までの間、前記と同様の症状で病院での診察、治療を受けた形跡が認められないこと、平成三年の春には原告の体調が良かつたことに照らすと、右各治療と本件事故との間に相当因果関係を認めるに足りる証拠はない。

よつて、本件事故による相当因果関係の認められる治療ないし検査は、本件事故発生後から井上外科での最終治療日である平成二年五月一日までの期間になされた範囲内のものと認めるのが相当である。

二  損害額の算定

1  治療費等 一二三万三四九六円

(一) 前田病院 二万四二四〇円

甲七の1、2により、同病院における治療費が二万四二四〇円であることが認められる。

(二) 東京女子医大病院 六万六〇六四円

甲九、乙七によれば、同病院における診療報酬のうち、初診料(二回分八三〇〇円)は一回分四一五〇円、再診料(七回分一〇八四〇円)は四回分六一九四円(平均的に求めた。)、簡易運動療法料(六回分七八〇〇円)は三回分三九〇〇円(平成元年一一月六日、九日、一一日)、レントゲン料(六回分五〇二二〇円)は肩関節、頸椎、頭部、股関節の各部を撮影した分として計三七三四〇円(甲九の診療報酬明細書の右側「治療内容内訳」欄記載の撮影した身体の六箇所の部位のうち、股関節から上に記載されている部位を撮影したもの)、院外処方箋料(四回分四四〇〇円)は三回分三三〇〇円(平成元年一〇月三〇日、一一月六日、平成二年二月一三日)、明細書料五〇〇〇円、診断書料(三回分六一八〇円)は三回分六一八〇円(平成元年一一月六日、平成二年一月二六日、二月一三日)が本件事故との間に相当因果関係が認められる。以上の合計は六万六〇六四円である。

(三) 井上外科 一〇五万六五四〇円

前記争いのない事実等、甲六の1、2、乙八の1ないし5、九、弁論の全趣旨によれば、井上外科の治療費は当初一六二万八九八〇円であつたところ、現実に支払を要した治療費が一〇五万六五四〇円であることから、同金額をもつて損害と認める。

(四) 喜多村クリニツク 四万五九一〇円

甲一〇の1ないし5によれば、平成二年五月一日以前の治療費は、平成二年二月一三日分の四万五九一〇円である。

(五) 調剤薬局コスモ 一五二〇円

甲八によれば、一五二〇円の支払を要したことが認められる。

(六) エヌエスビル薬局 一万五〇六〇円

甲一一の1ないし3によれば、平成二年五月一日以前の薬代は、平成元年一〇月三〇日分の一万五〇六〇円である。

(七) ミキ薬局 一万五八六二円

甲一二の1ないし6によれば、平成二年五月一日以前の薬代は、平成二年二月一三日分の一万五八六二円である。

(八) カラー装具 八三〇〇円

甲一三によれば、八三〇〇円である。

2  入院雑費 六万九〇〇〇円

前記争いのない事実によれば、入院日数は六九日であるところ、入院雑費は一日当たり一〇〇〇円をもつて相当と認める。すると、六万九〇〇〇円となる。

3  交通費 四万二四六〇円

交通費を本件事故と相当因果関係のある損害として認めるためには、交通費を支出して移動を要した具体的な目的、その必要性、相当性のみならず、電車やバス等に比べて料金が嵩むことが明らかなタクシーを使用することの具体的必要性、利用した区間、発着地点の合理性等について検討することが必要であるところ、甲一四によれば、各領収書記載の年月日に同記載の金額分につきタクシーを利用したこと、通院、通勤、それら以外の区分があることが認められるものの、その他の点についてはいずれも明らかではない。

しかしながら、前記認定事実によれば、原告は左股関節痛を訴えていたのであるから、少なくとも平成元年一一月一五日に井上外科に入院するまでの身体状況において、通院する交通手段として、混雑が予想される電車、バス等を利用せずにタクシーを利用したことには合理的な理由があると認められるところ、甲六の1、2、乙三、六、七により井上外科に入院するまでに通院したことが明らかな平成元年一〇月一五日、一六日、一七日、二一日、二三日、二四日、二八日(前田病院)、一〇月三〇日、一一月六日、九日、一一日、一四日(東京女子医大病院)、一一月一五日(井上外科入院時)に費消したタクシー代の限度で本件事故と相当因果関係のある損害として認める。

そうすると、計四万二四六〇円となる。

4  ヘルパー代 六万九〇〇〇円

原告本人によれば、入院中に自宅に配達される郵便物を病院に運搬してもらうためにヘルパーを雇用したことについては、その必要性は認められるものの、その労務の内容が軽微であり、かつ短時間で完了し得ることに鑑みれば、入院期間中につき一日当たり一〇〇〇円をもつて相当と認める。そうすると、六万九〇〇〇円となる。

5  シヤンプー代 〇円

前記認定事実によれば、原告には頸部痛があつたことが認められるが、入浴時に髪を洗うために要する時間は一般に僅かであることに鑑みれば、髪を洗うために首を前に倒す姿勢をとることが医学的観点から困難であつたと推認することはできず、シヤンプー代の必要性、相当性を認めるに足りる証拠はない。なお、原告の症状が日常生活において一定程度の支障をもたらしたであろうことは推認し得るものの、それらは、後記の慰謝料の算定に当たつて考慮することとする。

6  慰謝料 八五万円

原告の傷害の部位、程度、入通院期間や通院日数、原告の症状が仕事を含む日常生活に少なからぬ影響を与えた事情等を総合的に勘案して、八五万円をもつて相当と認める。

7  小計

以上を合計すると、二二六万三九五六円となる。

8  既払金

前記争いのない事実等によれば、一七〇万八九八〇円であるから、これを控除すると、五五万四九七六円となる。

9  弁護士費用

本件訴訟において、損害として認めるべき相当な弁護士費用としては、一〇万円をもつて相当とする。

10  結論

以上により、損害額は、六五万四九七六円となる。

(裁判官 渡邉和義)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例